
【02】
ガスタンクの歴史

1986年にガスタンクは操業を停止。その後、活用方法を検討したウィーン市は店舗・住宅・オフィス等の複合施設への再生を決定します。古い建築物の再生が珍しくないヨーロッパにおいてさえ、これほど大がかりな産業遺産のコンバージョンはかなりユニークな事例といえるでしょう。

【03】
巧みな立面
ガスタンクの寸法は直径が65mで内側の高さは72.5m、それが4基も並ぶとあれば存在感は相当なものです。しかもガスタンクという新しい用途で基本的な形は単なる円筒に過ぎないわけですから、昔の建築家が設計していた教会や宮殿とは勝手が違います。ガスタンクの設計を依頼されたフランツ カパウンもずいぶん悩んだことでしょう。
しかしながら、近代以前には城壁ぐらいしか例がないであろう大きさと形、そして前例のない用途に対して、彼は歴史様式の定石である三層構成に基づいて違和感なく立面をまとめることに成功しています。
ガスタンクに開口部があるのは不自然ですがもちろんこれはフェイクです(改築後は「本物」になりましたが)。土木・産業構造物は近代になって新たに出現したタイプであり、これに既存の建築物のイメージを適用したのはある意味で当時の限界だったともいえます。逆に、巨大な円筒形構造物から装飾を完全に排除したらどのような外観になるのか、その見本が同じくウィーンにあるアウガルテン高射砲塔です。

【04】 Google Earthのキャプチャ
4組の建築家の競演
さて、4基のガスタンクのコンバージョンはそれぞれを異なる建築家が担当しました。各棟ごとに建築家がどのように設計したか比較するのも見所のひとつです。4棟にはA~Dの符号が付いていて、担当は写真01・04の左から順に次の通りです。
- A棟:ジャン ヌーベル(フランス)
- B棟:コープ ヒンメルブラウ(オーストリア)
- C棟:M. ヴェドルン(オーストリア)
- D棟:W. ホルツバウア(オーストリア)
ジャン ヌーベルはフランスの世界的建築家。コープ ヒンメルブラウは脱構築主義建築の大胆なデザインで知られる建築家ユニット。M. ヴェドルンは歴史的建築物の修復に定評があります。

【05】
外壁と増築部分の関係
コンバージョンで手を加えたのは基本的にガスタンクの内側で、外観はできるだけ昔の姿が維持されています。19世紀に建設された外壁に増築部分の荷重を負担させるのは無理があるため、内部は構造的に自立していると思われます。いわば、入れ子の関係になっているわけです。
したがって、外壁と増築部分との間には隙間が生じており、図らずもフェイクから本物になった開口部を通して内部の増築が透けて見えています。

【06】
大胆な「く」の字型ビル

ビルの構造について、私は最初、柱は垂直で梁と床を片持ちで出して「く」の字に見せているのかと推測しました。ところがピロティを見ると柱も外壁と同じ角度で傾斜しているので(このページの末尾を参照)、かなり高度な構造設計がなされているようです。構造図を見てみたいものですね。

【07】
造形的なバランスと設計者のチャレンジ

わざわざ「く」の字に折ったのは、円筒との造形的なバランスを考えた結果であるとともに、毎回複雑な形の建築に挑戦せずにはいられないコープ ヒンメルブラウの個性でもあります。ちなみに設計者はこのビルを「シールド(盾)」と呼んでいます。

【08】
色鮮やかなシネコン


A棟エントランスの庇。

ガスの貯蔵量を表示していたメーター。

B棟に付属する高層ビルのピロティ。柱も傾斜している。