【02】
伝統と革新の街ウィーン
ハース ハウスはウィーン旧市街の中心部にある商業施設です。シュテファン大聖堂の近くというウィーンにとって最も重要な場所に現代的なビルを建設することに対しては、市民の間で賛否を問う議論が起こりました。
そもそも振り返ってみれば、アドルフ ロースの設計によるロースハウスがその無装飾なデザイン故に物議を醸したり、19世紀末に分離派が結成されたように、ウィーンは古い歴史を誇る一方で新しいデザインを取り込みながら発展してきた都市です。また、戦後の現代建築では、ギュンター ドメニクによる怪物のような外観のウィーン中央銀行ファボリーテン支店、コープ ヒンメルブラウの脱構築主義建築、フンデルトヴァッサーのメルヘンチックな建築が出現していますし、他の都市では、フランク ゲーリーがチェコのプラハに設計したダンシング ハウスといった事例があります。
【03】左端がシュテファン大聖堂
設計者について
最近の日本の建築書には彼の記事が少ないので簡単に紹介しておくと、1934年にウィーンで生まれ、ウィーン美術アカデミーを卒業後、アメリカに留学。1965年、第1作となるウィーン旧市街での蝋燭店(右の写真、後述)の設計でいきなり脚光を浴びました。現在はオーストリアを代表する建築家で、実作だけでなく論客としても有名です。ハース ハウスは彼の代表作。
Google Earthのキャプチャに付記
都市の歴史
ハース ハウスのデザインを読み取るには、ウィーンの都市構造の変遷を知っておく必要があります。
ハース ハウスはシュテファン広場とグラーベン通りの接点に位置し、厳密にはハース ハウスの前にはシュトック=イム=アイゼン広場があるのですが、3者を隔てていた家屋が近〜現代に撤去されて連続した空間になったため、アイゼン広場の存在感は希薄になりました。
さらに歴史を遡ると、紀元前に古代ローマが築いた宿営地ウィンドボナがウィーンの原型になるのですが 註1 、現在の道路網の一部は宿営地時代の都市構造を継承していて、グラーベン通りとローテントゥルム通りは砦の輪郭の跡なのです。この初期の城壁や掘割は12世紀末に撤去、市域を拡大した城壁を新たに建設 註2 、これが19世紀に撤去されて環状道路リンクシュトラーセになります。
【04】
デザインの意図
ハースハウスは一見すると歴史性とは無縁に思えますが、実際は都市の歴史を分析した上で現代デザインに翻訳する操作がなされています。
まず、湾曲した立面は、宿営地の砦の隅部が丸みを帯びていたことを示しています。石貼りはグラーベン側のまちなみの連続性を表し、それがアイゼン・シュテファン広場側で次第にガラスに切り替わり、ガラスシリンダーが受け止めています。このデザインは、歴史的な3つの空間を緩やかに接続させるとともに、異質な建築の挿入によって曖昧な3者の関係に緊張感をもたらし、この地区を活性化させました。
ガラス面は、シュテファン大聖堂や周囲の建物を映すスクリーンであるとともに、内部からも中世から近現代に至るまちなみを一望できます。これがウィーンの歴史パノラマの上映であることは言うまでもありません。
【05】シュテファン大聖堂の南塔から撮影
内部
筆者がウィーンを訪れたときはハース ハウスは改装工事中で、残念ながら中に入ることはできませんでしたが、高級店を中心とした商業ビルだけに 註3 、内部のインテリアや吹き抜け空間、石・金属・ガラスといった素材の使い方などは見応えが十分です。ガラスシリンダー内のカフェで、シュテファン大聖堂を見ながらくつろぐひとときは、最高の体験になるでしょう 註4 。
名称 | ハース ハウス Haas-Haus |
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設計者 | ハンス ホライン Hans Hollein |
所在地 | オーストリア、ウィーン1区 |
用途 | 商業施設 |
竣工 | 1990年 |
構造・規模 | 未確認 |
交通 | 鉄道:地下鉄U1・3号線 Stephansplatz駅下車 |
左からハース ハウス、シュテファン大聖堂
補註
- 王宮とロースハウスが面するミヒャエル広場では、地下に埋まっている宿営地時代の遺構をトレンチ状に掘って見せている。
- ウィーンのシンボルであるシュテファン大聖堂は、リンクシュトラーセで囲まれた旧市街の中心、すなわち2代目の城壁の中心に位置するが、最初の城壁の時代はその外側に建っていて、街の中心的存在というわけではなかった。
- 筆者が訪れた2002年時点で1階にはファストファッション系ブランドのZARAが入っており、高級店が集まるウィーン中心部でも既にファストファッションが進出していた。
- 現在、ガラスシリンダー部分にはホテルの客室などが入っている。DO & CO HOTEL VIENNA 公式サイト
参考文献
- 『a+u』1992年1月号、新建築社
- 『建築文化』2002年2月号 特集:ウィーン20世紀建築MAP、彰国社
- 『ヨーロッパ建築案内2』300頁、淵上正幸、TOTO出版
- 『世界の建築・街並ガイド5』13頁、エクスナレッジ
- 『ハース・ハウスの是非に関する論争に見る市民参加型景観形成のあり方』三島伸雄(佐賀大学理工学部建設工学科 講師・工博)、日本建築学会大会学術講演梗概集(近畿)1996年9月
リンク
公開日:2002年10月5日、最終更新日:2012年4月22日、撮影時期:2002年1月
カメラ:Nikon COOLPIX 775(Photoshopで修正)