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北九州市立戸畑図書館 ( 1/4 )
Kitakyushu City Tobata Public Library
福岡県北九州市、福岡県営繕課 + 青木茂、1933(昭和8)・2014(平成26)年
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【101】左:戸畑図書館、右:戸畑C街区整備事業による複合施設(戸畑区役所等)

はじめに

福岡県北九州市戸畑区の図書館は、戦前に建てられた市役所・区役所庁舎を再生して2014(平成26)年にリニューアルオープンしました。歴史的建築物のリノベーションは日本でも少しずつ増えている中、戸畑図書館は今後のお手本となる優れた事例です。本稿ではそのリノベーションの内容を紹介しますが、まずは戸畑区の歴史から話を始めましょう。

戸畑の歴史

九州の北端に位置する北九州市は、1963(昭和38)年に門司市・小倉市・戸畑市・八幡市・若松市が合併して発足しました。旧5市は区に変わり、後に小倉区や八幡区はふたつに分割されましたが、今の戸畑区はおおむね戸畑市時代の範囲を継承しています。
 
よく知られているように、北九州地域が発展した大きな要因としては、八幡市に造られた官営八幡製鉄所の存在が挙げられます。これを契機に隣の戸畑市や若松市にも工業地帯が広がり、特に1917(大正6)年に操業を開始した東洋製鉄(現・新日鐵住金八幡製鉄所戸畑地区)によって戸畑市も製鉄を中心とする工業都市になりました。戸畑の人口のピークは5市が合併した1963年時点の約11万人。その後も発展を続けるも、企業の合理化や少子高齢化の影響で次第に縮小傾向に転じ、現在の戸畑区は約6万人です。

 1889・明22  戸畑村発足
 1899・明32  町制施行、戸畑町に
 1902・明35  戸畑駅が開業
 1917・大6  東洋製鉄(現・新日鐵住金八幡製鉄所戸畑地区)が操業開始
 1924・大13  市制施行、戸畑市に
 1933・昭8  戸畑市役所庁舎が竣工
 1958・昭33  戸畑市立図書館が開館
 1963・昭38  戸畑市を含む5市が合併して北九州市発足、戸畑区に。戸畑市役所庁舎は北九州市の仮市庁舎として使用
 1972・昭47  現在の北九州市役所庁舎が竣工して市役所機能は移転。仮市庁舎は戸畑区役所に
 2007・平19  現在の戸畑区役所庁舎が竣工して区役所機能は移転。旧庁舎は空き家に
 2014・平26  旧庁舎のリノベーション工事が完了、戸畑図書館が移転して開館

文中の「」は補註を、「」と「」は参考・根拠となる参考文献やリンクを意味する。補註、参考文献、リンクは3ページに掲載。本稿の建築は戸畑市役所 → 北九州市役所 → 戸畑区役所 → 戸畑図書館と用途が変遷した。呼称については文脈に応じて適宜使い分ける。

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【104】

旧庁舎の概要

門司区役所・大牟田市役所

左:門司区役所、右:大牟田市役所

北九州市を構成する旧5市は、日本の近代化とともにそれぞれ独自の発展を遂げていて、戦前から戦後にかけて造られた多数の建築・土木・産業遺産が市内各地に現存します。戸畑図書館に再生された建築もそのひとつで、元々は戸畑市役所として1934(昭和9)年に竣工したものです。設計は県内の官庁建築をいくつも手掛けた福岡県営繕課。構造は鉄筋コンクリート造、階数は地下1階、地上3階、および塔屋3階 註1。外壁の茶色の部分は、地元企業である黒崎播磨製 註2 のスクラッチタイル貼り、グレーの部分は石調吹き付け仕上げです。
 
ちなみに、同課が設計した庁舎では他に門司区役所(旧・門司市役所、福岡県北九州市門司区、1930・昭和5年)と大牟田市役所(福岡県大牟田市、1936・昭和11年) 註3 が現存。3件とも中央に塔屋を構える左右対称のファサード(正面)になっており、戦前の庁舎や学校建築の標準的なスタイルで、戸畑市役所は比較的多くの装飾が施されています。また、塔屋頂部の方形(ほうぎょう)屋根は戦前に流行した帝冠様式 註4 というデザインで(写真104)、類似例には 神奈川県庁舎(小尾嘉郎+神奈川県内務部、1928・昭和3年)や 名古屋市役所本庁舎(平林金吾+名古屋市建築課、1933・昭和8年)が存在します。帝冠様式というと国威発揚のイメージがありますが、少なくとも戸畑市役所の場合は、市の繁栄ぶりの表現に当時の最新流行が合致したのが理由ではないでしょうか。
 
1963(昭和38)年に5市合併で北九州市が発足したことに伴い、戸畑市は戸畑区に変わりますが、初期の数年間は旧・戸畑市役所が北九州市役所の仮庁舎として使われました。そして1972(昭和47)年、小倉北区に現・北九州市役所庁舎が完成。市役所が移転した後は戸畑区役所として21世紀まで使われ続けます。
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区役所から図書館へ

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戸畑C街区整備事業(隈研吾)

戸畑区は、人口の減少やインフラ・公共施設の老朽化といった問題を背景に、1997(平成9)年、「戸畑まちづくり構想」というマスタープランとその一環として戸畑区役所周辺地区整備計画を策定しました 参6。同計画は、戸畑区役所周辺をA〜Dの4街区に分けて順次整備していくもので、これに基づいたC街区整備事業による複合施設(設計 隈研吾氏) 註5 が2007(平成19)年に竣工し、区役所機能はこの中に移転、旧庁舎は空き家となります。写真102~107は空き家状態のときの撮影です。
 
戸畑区は、B街区の文化ゾーンに位置する旧庁舎を図書館にリノベーション(建築再生)することを決め、その設計を青木茂氏に特命で依頼。そして2014(平成26)年にリノベーション工事が完了、戦前の庁舎建築が図書館に生まれ変わったという次第です。
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【108】旧・戸畑図書館(日建設計)
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【109】八幡図書館(村野藤吾)
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【110】北九州市立中央図書館(磯崎新)

何が解体とリノベを分けるのか

北九州市は官民ともに建築の保存活用やリノベーションに積極的な都市で、戦前の近代建築に関しては、かつて貿易港として栄えた門司港地区にいくつもの再生された建築が並んでいますが、門司区以外ではこの戸畑図書館はかなり大きなプロジェクトになります。しかし、その一方で北九州市は古い公共施設の統廃合を含めた建て替えを進めていて、旧5市時代の建築は相次いで解体されています。移転で空き家となった旧・戸畑図書館(日建設計、1958・昭和33年)の解体はその一環ですし、村野藤吾氏が設計した八幡図書館(1955・昭和30年、八幡東区)も2016(平成28)年に解体されました。
 
では、一体何が建築の解体と保存・リノベーションを分けるのでしょうか。構造的な可否や事業としての採算性といった要素はさておき、戸畑と八幡を見比べると、結局最後は装飾によって生じる建築への愛情の強さで決まるような気がしてなりません。要するに、要するに、旧・戸畑図書館や八幡図書館のモダニズムより旧・戸畑区役所の帝冠様式という装飾的なデザインの方が、市民の理解が得やすい(一般受けがいい)わけです。モダニズムを基本としつつ装飾を取り入れる作風の村野氏の建築でさえ、解体されるケースが少なくない。
 
このことを踏まえた上で注目したいのが、まだ解体を検討するほど老朽化していないものの、磯崎新氏が設計した北九州市立中央図書館(1974・昭和49年、小倉北区)の行方です。北九州市における彼の人気の高さや、旧・大分県立大分図書館(大分市、1966・昭和41年)がアートプラザに再生された先例を考えると、中央図書館は解体されない可能性が高いと思いますが、その将来の論議の際、装飾を復権させたポストモダン建築という点がどの程度影響するのか、気になるところです。
 
以上、戸畑図書館のリノベーション前の歴史などについて述べました。2ページ以降は次のように話を進めます。

2ページ
戸畑図書館 外部

3ページ
戸畑図書館 内部、補註・参考文献・リンク

4ページ
スライドショー

名称

北九州市立戸畑図書館

Kitakyushu City Tobata Public Library

旧名称

戸畑市役所 → 戸畑区役所

Tobata City Hall → Tobata Ward Office

設計

【戸畑市役所】

福岡県営繕課

Fukuoka Prefecture Building and Repairs Department

【戸畑図書館へのリノベーション】

青木茂 / 青木茂建築工房

AOKI Shigeru / SHIGERU AOKI Architect & Associates Inc.

所在地

福岡県北九州市戸畑区新池1-1-1

用途

図書館(元は市役所 → 区役所)

竣工

戸畑市役所 1933(昭和8)年、戸畑図書館 2014(平成26)年

構造・規模

構造:鉄筋コンクリート造 一部鉄骨造(リノベ増築部分)

階数:地下1階 地上3階 塔屋3階、敷地面積:4,773.43m2

建築面積:1,076.76m2、延床面積:2,889.66m2

交通

鉄道:鹿児島本線 戸畑駅下車 徒歩約10分

バス:西鉄バス 戸畑区役所バス停下車すぐ

備考

2014年グッドデザイン賞受賞

本稿の内部写真は職員の許可を得て撮影しています。


公開日:2014年12月13日、最終更新日:2014年12月13日、撮影時期:2009年1月、2014年4月
カメラ:Nikon D50、Canon PowerShot S90、FUJIFILM XF1(Photoshopで修正)

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