姫路モノレールの廃線跡 ( 2/3 )
Disused Line of Himeji Monorail
兵庫県姫路市、1966(昭和41)年
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【21】
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【22】

姫路の近現代史を象徴する景観

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さらに進むと川の左側にモノレールの廃線跡、右側にレンガ造の工場、そして両側を新幹線の高架が横切っている光景に出会います。片や数年で廃止されたモノレール、もう一方は日本の大動脈という、 “夢の交通機関”の対照的な姿が並んでいるわけです。
 
レンガ造の建物は戦前に建てられたマッチ工場 註2 で、現在は山陽色素という顔料メーカーの工場になっています。これら3者が交錯する景観は姫路の近現代史の象徴といえるでしょう。
 
追記:この工場は2013(平成25)年に解体されて現存しません。
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【23】

文字通り“無用の長物”

新幹線と交差した先の住宅街は軌道が比較的よく残っています。これが地上を走る普通の鉄道路線であったなら、廃線跡を車道や遊歩道に活用できたところですが、モノレールという特殊な構造物は他に使い道もなく、多額の撤去費用がかかるために結果的に放置され、文字通り“無用の長物”として静かに佇んでいる次第です。軌道は市内を流れる船場川との交差部で寸断され、そこから終点の手柄山駅までは軌道・橋脚とも撤去されています。

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【24】

駅舎内に残ったモノレール車両

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姫路市は博覧会跡地を公園に整備しており、終点である旧手柄山駅の建物も現存しています。ツタに覆われたレンガ貼の旧駅舎は昔の近代建築のように見えますが、実際は普通の鉄筋コンクリート造建築です。
 
モノレールの廃止後、建物の一部は別用途に利用されていたものの、手柄山駅ホームは長らく立ち入り禁止でした。ホームにはモノレール車両 註3 が放置状態で残っていましたが、立ち入り禁止のため見ることができず、鉄道ファンの間では長らく幻の存在とされていました。
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【25】

保存と解体に向けた動き

状況が大きく変わったのは2011(平成23)年のこと。姫路市は旧手柄山駅を手柄山交流ステーションという施設にリノベーションするとともにホームも再整備し、車両や当時の資料を展示する空間として一般公開しました。
 
しかしその一方、2012(平成24)年には姫路市のウェブサイトにモノレール軌道を解体するための事前調査の情報が載ったことが明らかになります。ネットの情報によると、2013(平成25)年2月の時点で一部高架の解体工事が行われている模様。また、毎日新聞(兵庫版)2012/9/11付記事によると、高尾ビルについても耐震改修に多額の費用がかかるため、姫路市がURに解体を打診しているとのこと。よって近い将来、旧手柄山駅以外の構造物の大半は解体されるかもしれません。

名称

姫路モノレールの廃線跡

Disused Line of Himeji Monorail

路線に正式名称は付いていなかった。

設計者

未確認

所在地

兵庫県姫路市(姫路駅から手柄山中央公園にかけて)

用途

モノレール(現在は廃線)

経緯

1966(昭和41)年 開業

1974(昭和49)年 休止

1979(昭和54)年 正式廃止

構造・規模

構造:鉄筋コンクリート造、路線の全長:約1.6km

形式

跨座(こざ)式モノレールの一種であるロッキード式

交通

鉄道:山陽本線・新幹線 姫路駅下車、手柄山公園まで徒歩で小一時間

備考

将来、手柄山公園の駅舎以外の構造物は解体される公算が高い。2013年2月現在、高架軌道の一部は解体工事中。

赤い線が廃線跡。濃い線は高架がおおむね現存。薄い線は撤去済みのため筆者が推測で記入した。


補註

  1. 昭和41年時点で運行していた国内のモノレールには、東京都の上野モノレール・東京モノレール、神奈川県のよみうりランドモノレール(廃止)、愛知県の犬山モノレール(廃止)・東山公園モノレール(廃止)の5路線があった。このうち、都心と羽田空港を結ぶ東京モノレール以外は主にレジャー施設の客の輸送手段であり、その意味では博覧会会場や跡地の公園が行き先ではあったにせよ、市街地を走り将来的な延伸を計画していた姫路モノレールは本格的営業路線としては日本で2番目のモノレールだったといえる。
  2. この工場の竣工年について、ネットでは1931(昭和6)年とする記述が多いが、『日本近代建築総覧』(日本建築学会編、技報堂出版)には明治末と載っている。ちなみに姫路は戦前からマッチの生産が盛んな地域。
  3. 姫路モノレールはロッキード式という形式を採用したがこれはほとんど普及せず、開発元であるアメリカ ロッキード社のモノレール市場撤退と日本ロッキード社の解散によって部品供給が途絶えたことも、路線廃止の大きな要因となった。

参考文献

  1. 『廃線跡の記録』三才ブックス
  2. 『モノレールと新交通システム』佐藤信之、グランプリ出版

リンク

  1. 麗しの姫路モノレール
  2. 週刊 姫路モノレール
  3. 姫路市 > 手柄山交流ステーション
  4. 姫路市企業局交通事業部モノレール ウィキペディア
  5. 姫路経済新聞 > 幻の姫路モノレール一般公開へ-姫路大博覧会の企画展も失われる姫路「モノレール遺産」-旧大将軍駅が入るビル取り壊しへ
  6. 国土交通省 神戸運輸監理部 > 職員発信!★地域の魅力紹介★ > 現代産業遺産の展示「姫路モノレール」 40年前にタイムスリップ
  7. @nifty デイリーポータルZ > 姫路モノレールで45年前にトリップする
  8. 姫路市幹部職員ブログ > ある地方都市の挑戦! 「夢のかけら」 静かなブームに
  9. 日本経済新聞 ライフ > ビルに突き刺さる軌道 姫路、「未来交通」夢の跡
  10. 産経新聞 > 世界遺産都市「姫路」が処理できない“負の遺産”…高度経済成長の夢の跡、廃線「モノレール」軌道が撤去されぬ理由

公開日:2010年4月12日、最終更新日:2014年10月5日 山陽色素工場の解体について追記、撮影時期:2007年9月
カメラ:Nikon D50(Photoshopで修正)

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