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一宮団地 ( 1/3 )
Ichinomiya Housing
香川県高松市、丹下健三、 1984(昭和59)年
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一宮団地の概要と住棟構成

一宮団地は香川県高松市の郊外にある県営住宅です。琴電琴平線の一宮駅から徒歩数分の位置なので、地方都市の郊外とはいえ交通の便は悪くありません。戸数は431戸。住棟は、3階建ての低層棟が2タイプと、5階建てのスターハウスが1タイプの計3タイプがあり、低層棟の1タイプを丹下健三氏の事務所が設計しました。もう一方の低層棟とスターハウスの設計者は未確認。これらのうち本稿は1ページで丹下事務所の低層棟を、2ページでスターハウスを紹介し、残る低層棟1タイプは団地の南端に2棟があるだけなので省略します(正直にいうと写真を撮っていない)。

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初期の配置図、『現代日本建築家全集10 丹下健三』(三一書房)から引用、注:図面を180度回転している
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現在(建て替え後)の配置図、現地案内板から引用

初期の団地について

現在建っている丹下事務所の低層棟は1984(昭和59)年の竣工ですが、実はこれは建て替え後の建築で、最初の低層棟は1964(昭和39)年にやはり丹下事務所の設計で竣工しました。建て替えの理由は老朽化です。この初期の低層棟は、フラットルーフの1〜2階建てテラスハウスが南面平行に並ぶという、それだけではオーソドックスな計画に思えますが、住棟のズレと塀の効果的な配置によって巧妙な空間構成がなされていました。

丹下事務所の数少ない集合住宅

丹下事務所は多くの公共施設や都市計画を手掛けた一方、集合住宅などの住居系建築を直接設計した事例は少なく、一宮団地のような公営住宅を設計するのは極めて珍しいことです。丹下氏がこの仕事を引き受けた詳しい経緯は分かりませんが、当時の金子・香川県知事が県庁舎の設計を丹下氏に頼んで以来、香川県との関係が深かったことから、一宮団地もその繋がりで受けたものと思われます。
 
そもそも、丹下氏は都市的・社会的スケールへの指向性が強い建築家であり、1980年代以降の大規模建築や都市計画はその傾向が一層強くなっていきます。そうした中で一宮団地は、低層の公営住宅から結果的にそうなっただけにせよ、丹下氏にしては珍しくヒューマンスケールに落ち着いています。その意味でもユニークな建築です。

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形の特徴

さて、その丹下事務所による現在の低層棟ですが、1戸ごとに位置をズラしたことによるジグザグ型(雁行=がんこうという)が大きな特徴で、第一印象はとにかく「かっこいい!」の一言に尽きます。初期とは対照的に建て替え後は傾斜屋根が採用されて、その連なりが流れるようなリズムを生んでいます。また、住戸の界壁が屋根面と壁面から少し突き出て、横からは連続する側壁だけが見えることになり、この白い壁と斜めのラインが作る構成が実に美しいのです。
 
雁行型の低層集合住宅といえば内井昭蔵氏が設計した桜台コートビレジ(神奈川県横浜市)が有名ですが、あちらが敷地条件から必然的にそうなったのに対して、郊外の平坦な土地である一宮団地では、雁行型を選択する地形的な理由は見出せません。むしろ、手がかりの掴みにくい土地において、住民の原風景となる景観を模索した結果、雁行と傾斜屋根に至ったと考えられます。付け加えると、斜めにセットバックした長大な住棟という点では、ロンドンで1970年代に建てられたハイゲート ニュータウン 註1 やアレクサンドラ ロード 註2 の集合住宅と似ており、もしかしたら参考にしたのかもしれません。

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対照的な道路側と中庭側

団地内の光景は道路側と中庭側で大きく異なります。道路側は上述の傾斜屋根と斜めにカットされた壁が延々と続き、地面は舗装されて緑が比較的少ないドライな空間に仕上がっています。傾斜を道路側に限定したのは、移動しながらそのリズムを住民に感じてほしいのでしょう。これに対して中庭側は緑が多く、歩行者用の小径(フットパス)以外は舗装されていないなどウェットな空間です。

低層集合住宅が再評価された時期のひとつ

集合住宅史の文脈でいうと、高度成長期は住宅の数を増やすことが最優先のため、中層〜高層の板状住棟が規則正しく並ぶ団地が建設されましたが、住宅供給がある程度行き渡ったこととオイルショックを契機として、団地は次第に量から質へと転換していきました。そうした背景から、低層集合住宅を再評価する動きが1970~80年代に起こります。
 
もともと、低層集合住宅としてはテラスハウスというタイプが昭和20~30年代前半を中心に建てられていました(初期の一宮団地はこのタイプ)。これは住戸が横に連続する(上下には重ならない)2階建て程度の住棟で、形は単純な箱形か切妻屋根という、ざっくりいえば昔ながらの長屋がグレードアップしたようなものです 註3 。一方、再評価の時期によく建てられたタウンハウスというタイプは、おおむね2~3階建てで、形は複雑に入り組み、住戸は上下に重なる場合が少なくありません。また、テラスハウスの外部空間は住戸の専用庭が広く取られていたのに対して、タウンハウスでは専用庭を最小限にとどめる代わりに共用庭(コモン)が充実していました。現在の一宮団地は、再評価の時期における良質な低層集合住宅のひとつに位置付けることができます。

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傾斜屋根の効果と住戸構成

旧来の住棟が箱形、つまり平坦な屋根(フラットルーフ)ばかりだったことの反省から、1970年代以降のタウンハウスは傾斜屋根を用いて“イエ”のイメージを表現したものが多く見られます。ただ、確かに一宮団地も傾斜屋根ではあるものの、通俗的な“イエ”を超えた新しい形態にチャレンジしているといえるでしょう。そのデザインは現在もまったく古びていません。機能的には、傾斜屋根は垂直の壁面よりも日影の範囲を減らすことができます。その上、威圧感が少なく、しかも斬新なデザインながら一応“イエ”のイメージも与えるなど、様々な面で理に適ったデザインです。
 
住戸は1階にフラットタイプが、2〜3階にメゾネットタイプが入る2段重ねで、それが横に連続しています。1階の玄関周りはその住戸の前庭という雰囲気が強く出ていて、2階も専用の外部階段でアクセス、さらに隣同士は雁行でズレているなど、集合住宅ながら各住戸は一定の独立性を確保しています。

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直線部分と住棟番号

低層棟は直線状の部分もあって、雁行ばかりでなく直線の混在によって単調さが避けられています。ユニークなのがドットで表現した住棟番号。住棟の先進的なデザインによく似合っています。これは香川県の担当者のアイディアなのだそうです 註4


初期型に似たテラスハウス?

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ここでちょっとした余談をひとつ。一宮団地の近くにある香川団地という別の団地で右の写真のテラスハウスを発見したのですが、これが一宮団地の最初のテラスハウスと部分的に似ているのです。文献 註5 に載っている昔の写真は不鮮明であるものの、2階バルコニーの形状や、改修前のその手すりに共通性が見られます。ただし、オリジナルの住戸の間隔に比べるとこのテラスハウスの方は狭いので、外観や間取りが完全に一致しているわけではありません。また、筆者の調査では、丹下事務所が香川団地のテラスハウスも設計したとの情報は確認できませんでした。おそらく、一宮団地の最初のテラスハウスを別の設計者がアレンジしたのではないでしょうか。ただ、仮にそうだとして丹下氏の了承を得ているかは分かりません。
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