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河原町団地 ( 1/2 )
Kawaramachi Public Housing
神奈川県川崎市、大谷幸夫、1972 (昭和47)年(第1期)
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概要

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河原町団地は神奈川県川崎市にある団地です。1972(昭和47)年に1期工事が完了して入居が始まりました。最終的な工事完了年は確認できていませんが、おおむね1970年代の建設と思われます。
 
事業者は神奈川県、川崎市、そして神奈川県と川崎市の住宅供給公社の4者。合計3,591戸の大半は県営・市営による公営住宅で、部分的に公社の分譲住宅が存在します。1戸当たり3人とすると団地の人口は1万人を超え、それだけで小規模な自治体に匹敵するため、団地内には小学校、保育所、店舗などの施設も設置されていますが、少子高齢化で人口が減少したのか、小学校は閉校になっています。
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Googleマップのキャプチャ、矢印は逆Y型住棟を示す

ツインコリダー

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左の写真から、河原町団地の全住棟の中心に隙間(吹抜)が空いているのが分かるでしょうか。つまり、ふたつの住棟が狭い間隔で並んでいるのです。このようなタイプをツインコリダーといい、内側に2本の廊下(コリダー)が向き合っていることからそう呼ばれています(右図参照)。
 
ツインコリダーは主に昭和40年代の都市部の団地に建てられました。河原町団地の場合、複数のツインコリダーを階段・エレベーターシャフトで連結した大規模住棟が5列に並んでいます。
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逆Y型住棟

河原町団地の最大の特徴は何といっても逆Y型住棟です。下部が末広がりになったこの住棟は、側面から見ると「Y」の字を逆さまにしたような形をしています。
 
この団地の設計者である大谷幸夫氏は、高密度の高層団地における様々な課題を考えるにあたり、日照の確保を基本として 註1 設計を行いました。下部を段状にせり出したのは、日照条件が不利な低層階でも南面日照を住戸に採り込むためとのこと。さらに、その個性的な形状は単調になりがちな団地の景観に大きな変化を与えています。ただ、当初は5列の住棟群すべてに逆Y型が配置される計画が、実施段階で中央の2列に限定された点は残念でした。それはともかく、末広がりの形状や廊下・階段の陰影といった骨太な外観は、建築というより土木構造物に対峙したような印象を感じさせます。

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セットバック

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14階建のうち1~5階までが逆Y型の傾斜部分。その立面は段状(セットバック)になっている上、凸状のボリューム(居室)の繰り返しがリズムを刻んでいます。上層階のバルコニーの腰壁も凸状で、全体的に陰影が強調されたデザインです。
 
ところで、先に“土木構造物”と述べましたが、そのイメージに対して住戸側立面は意外と威圧感を覚えません。というのも、地盤面から壁面が垂直に伸びることに比べると、セットバックによる壁面の後退は威圧感を程よく軽減させているのです。
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【05】

SF映画のような内部空間

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末広がりから生じた広大な内部空間は圧巻の一言に尽きます。柱・梁と廊下・住戸に囲まれた人工的な空間を見ると、未来都市を連想せずにはいられませんし、そのSF的イメージは今なお色褪せていません。
 
傾斜した柱、吹き抜けを横切る大梁と渡り廊下、上から差し込む光などから受ける高揚感は、まるで神殿か大聖堂にいるかのよう。公営住宅でこの空間を実現した設計者の力量は特筆に値します。紛れもなく集合住宅史に残る名作です。
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【06】

大規模集合住宅における公共空間

もちろん、これが集合住宅の共用スペースに相応しいかどうか疑問を抱く人もいるでしょう。しかし、そもそも数百戸を収容する大規模集合住宅という存在自体がヒューマンスケールを逸脱した建築です。その枠組みにおける共用スペースならば、求心性の高い大空間もあり得ます。
 
確かに筆者が訪れたときはこの空間に誰もいなかったので、空虚な印象を抱いたことは否定できませんが、竣工当時の建築専門誌にはここで子供達が遊んでいる様子が載っています。現在も子供が全くいなくなったわけではありませんし、実際、団地の夏祭りのときは大勢の人々が集まるとのことで、公共空間としての存在価値はいささかも減じていません。

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【07】

メタボリズムとの関係

1960〜70年代の建築界ではメタボリズム 註2 という思想・運動が展開されました。メタボリズム グループのメンバー 註3 や関係者には東大丹下研究室の出身者が何人かいて、丹下健三氏は活動に直接参加しなかったものの、氏もメタボリズムの思想を踏まえた設計をいくつか行っています。
 
一方、同じく丹下研の出身である大谷幸夫氏はメタボリズムとは距離を置いていましたが、逆Y型住棟のような台形の大空間はメタボリズム建築にしばしば見られるものです。この種の建築は丹下氏の「25000人のための海上コミュニティ計画」がおそらく最初の事例で、その後「東京計画1960」では湾曲した台形の高層建築物が、「スコピエ計画」註4 に至っては河原町団地とよく似た逆Y型住棟が登場します。大谷氏の河原町団地は師匠のデザインから影響を受けたと見ていいでしょう。他には、菊竹清訓氏も「層構造モジュール」といった台形の建築 註5 を提案しました。

しかし、丹下・菊竹氏の一連の計画案は構想段階にとどまっており、台形プランが実現したのは河原町団地だけ。大谷氏はメタボリズムに直接関わっていませんが、河原町団地はメタボリズム的な台形プランが唯一実現した建築物でもあるのです。

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他の住棟

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普通のツインコリダー住棟は他の団地にも存在しますが、せっかく河原町団地を訪れたならそちらもぜひ見ておきたいところ。連続する廊下が両側から迫る吹き抜けは圧倒的な迫力があります。ただ、この“谷底”が住空間として妥当かどうかを考えると、逆Y型/台形でオープンスペースを造る方法は一理あると思わされます。
 
なお現在、逆Y型以外のツインコリダーの吹き抜けには耐震補強工事による鉄骨の柱・梁・ブレースが挿入されています。
名称

河原町団地(川崎市河原町高層住宅団地)

Kawaramachi Public Housing

設計

大谷幸夫 / 大谷研究室

OTANI Sachio / Otani Associates

所在地

神奈川県川崎市幸区河原町1

用途

集合住宅

竣工

第1期:1972(昭和47)年

構造・規模

構造:鉄骨鉄筋コンクリート造

敷地面積:13.6ha、建築面積:未確認

延床面積:住棟 244,150m2、施設 15,000m2

交通

鉄道:川崎駅下車 徒歩約15分

備考

見学・撮影の際は住民の迷惑にならないようにご注意下さい。


補註

  1. 河原町団地に限らず、低・中・高層のどのような団地も日照の確保が最優先の条件になる。冬至における住戸の日照時間の確保から、住棟の形状と配置は半ば自動的に決定する。
  2. 本来は「新陳代謝」を意味する生物学用語。建築界では黒川紀章氏や菊竹清訓氏など当時の若手建築家達が1960年代に起こした建築運動と思想を指す。各メンバーの個性が強いため統一的なデザインは存在しないが、メガストラクチャー(巨大構造物)への指向性が見られる。大谷氏はメタボリズムに直接関与はしていない。
  3. メタボリズムのメンバーによる集合住宅として建築マップで紹介しているものは次の通り。黒川紀章:中銀カプセルタワービル Mitsuo.K版ろん版(東京都、1972・S47)。槇文彦:ヒルサイドテラス(東京都、1969・S44〜)。大高正人:坂出人工土地(香川県坂出市、1968・S43)、基町・長寿園高層アパート(広島市、1972・S47)。
  4. スコピエはマケドニア(旧ユーゴスラビア連邦構成国のひとつ)の首都。1963年の震災で大きな被害を受ける。その復興のための都市計画について国際コンペが行われ、丹下健三氏の案が選ばれた。実現した建築物はごく一部にとどまったが、丹下氏の手を離れた後もマスタープランはある程度継承されているという。
  5. 菊竹氏のソフィテル東京(東京都、1994・H6、現存せず)も台形の系譜といえるだろう。

参考文献

  1. 『新建築』1972年11月号・1974年10月号・2013年2月号、新建築社
  2. 『建築文化』1972年12月号、彰国社
  3. 『現代日本建築家全集18 大谷幸夫、大高正人』三一書房

リンク

  1. 団地百景河原町団地
  2. ツイコリ。県営河原町団地市営河原町団地
  3. 収蔵庫・壱號館県営河原町団地
  4. ココカラハジマルヴィンテージ団地!?
  5. 森美術館公式ブログ今、メタボリズムを考えることの意義「メタボリストが語るメタボリズム」(6)スコピエ計画の模型写真アリ
  6. Web Magazine OPENERS CASA TOP > 「メタボリズムの未来都市:戦後日本・今甦る復興の夢とビジョン」展リポート 日本再生に向けていまこそ再考すべき、メタボリズム(1)同(2) 層構造モジュールの模型写真アリ
  7. マイナビニュース住まい・インテリア建築【連載】東京団地ミステリー 7 宇宙コロニー団地〜河原町団地

公開日:2013年2月16日、最終更新日:2013年2月16日、撮影時期:2008年3月
カメラ:Nikon D50(Photoshopで修正)

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