高層・高密度の対極に位置する阿佐ヶ谷住宅
団地といえば、4~5階建ての板状住棟が規則正しく並ぶ光景を思い浮かべる人が多いでしょう。確かにそのような整然としたまちなみが典型的な団地の姿です。しかし、戦後から高度成長期に建設された団地は老朽化に伴い各地で建て替え工事が行われ、その多くが高層化されています。また、民間マンションでは20世紀末頃からタワーマンションが増加。このように日本の集合住宅は高層・高密度化に突き進んでいます。
ですが、団地建設の初期にあたる昭和20~30年代は、2階建ての低層棟を含んだ団地も決して少なくありません。特に、日本住宅公団(以下、公団。現・都市再生機構)註1 は1955(昭和30)年の発足後しばらく低層棟を積極的に採用し、今と比べるとかなり低密度な団地を建設していました。その最高傑作というべき団地が阿佐ヶ谷住宅です。
【102】城野団地(公団、福岡県北九州市、1959・昭和34年)。低層棟と中層棟が並ぶ。
【103】千里竹見台団地(公団、大阪府吹田市、1967〜71・昭和42〜46年)。中層棟と高層棟が並ぶ。
【104】住吉団地(公団、大阪市住之江区、1968~69・昭和43~44年)。高層棟のみ。
阿佐ヶ谷住宅の概要と価値
まず概要を述べると、阿佐ヶ谷住宅は公団が東京都杉並区に建設した団地で、1958(昭和33)年に竣工しました。その魅力は何といっても見事な住環境にあります。都内とは思えぬ豊かな緑、緩やかに弧を描く道路とテラスハウスの赤い屋根の連なり、公私が渾然一体としたコモン… 敷地に一歩入った瞬間、素晴らしい光景に誰もが感嘆せずにはいられません。大げさでなくそう断言できるだけの空間が阿佐ヶ谷住宅には広がっていました。
住棟の種類は、2階建ての低層棟が2タイプと3~4階建ての中層棟が1タイプの計3タイプ。低層棟は2タイプともテラスハウス(後述)で、一方は前川國男氏 註2 の事務所が設計(以下、前川テラス)、もうひとつは柳設計事務所のプランを公団がアレンジしたもの(以下、公団テラス)です。中層棟は公団の設計と思われます。中でも赤い勾配屋根の前川テラスは阿佐ヶ谷住宅を象徴する存在でした。住棟別の戸数は前川テラス174戸(36棟)、公団テラス58戸(9棟)、中層棟118戸(7棟)。合計350戸(52棟)という数は公団の団地としては中規模に属します。また、全戸が賃貸ではなく分譲だった点も阿佐ヶ谷住宅の大きな特徴です(賃貸のイメージが強い公団だが分譲住宅も手掛けていた)。
この明らかに他とは一線を画し、“奇跡”とまでいわれる団地が実現したのは、公団内部や前川國男設計事務所の優秀な設計陣と、公団初期の自由闊達な雰囲気、この2要素がたまたま揃ったからに他なりません。公団で低層棟の採用が抑制されだしたとされる昭和30年代後半には、既に高層・高密度化は不可避の情勢でした。現在、阿佐ヶ谷住宅のような低層・低密度団地の建設はもう難しいでしょう。私は過度な神格化は気を付けるべきだと思いますが、建築界の巨匠に薫陶を受けた若手設計者が集い、低層・低密度の団地が可能だった短い時代に完成した阿佐ヶ谷住宅は、経済効率的にもはや実現困難であることを考えると、確かに“奇跡の団地”と評するだけの価値があります。
2013年に解体
阿佐ヶ谷住宅は建て替えに伴う解体工事が2013(平成25)年5月に始まりました。まず樹木が伐採され、本稿執筆時点(同年8月)で住棟の解体が行われています。筆者が現地を訪れたのは2006(平成18)年のこと。ではなぜ解体工事の開始後にこの記事を発表したかというと、阿佐ヶ谷住宅は分譲住宅、つまり敷地が住民/管理組合の私有地なので、写真の掲載は慎重にならざるを得なかったからです。解体前の数年間は撮影する人(筆者もその一人ですが)が増えて住民に迷惑がかかっていたらしく、解体開始まで掲載を見合わせることにしました。「建築マップ」の記事としては異例のケースですが、何卒ご理解ください。
本稿の構成
本稿のページ構成は次の通りです。
名称 | 阿佐ヶ谷住宅 Asagaya Housing |
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設計 | 津端修一 / 日本住宅公団(現・都市再生機構) TSUBATA Syuichi / Japan Housing Corporation 大高正人・前川國男 / 前川建築設計事務所 OTAKA Masato + MAYEKAWA Kunio / Mayekawa Associates, Architects & Engineers |
所在地 | 東京都杉並区成田東4 |
用途 | 集合住宅 |
竣工 | 1958(昭和33)年 |
構造 | 前川テラス:補強コンクリートブロック造 公団テラス・中層棟:鉄筋コンクリート造 |
備考 | 2013(平成25)年5月から建て替えに伴う解体工事に着手。現存せず。 |
公開日:2013年8月31日、最終更新日:2013年8月31日、撮影時期:2006年11月
カメラ:Nikon D50(Photoshopで修正)