くじら館00
くじら館 ( 1/2 )
Whale Building
山口県下関市、1958(昭和33)年
くじら館01

【01】
くじら館02

【02】

巨大なクジラ型建築物

下関市の水族館「海響館」は2001(平成13)年の開館以来、多くの人が訪れる観光名所になりましたが、現在の建物は二代目であり、初代の水族館は別の場所で1958(昭和33)年に開館しました。海響館の完成により旧水族館は解体されて、その跡地には病院が建っています。
 
ところが、旧水族館近くの関門海峡を見下ろす高台にあった別館は、役目を終えて空き家となった後も解体されませんでした。「くじら館」という名前の別館は、その名の通りクジラをそっくり模した建物で、シロナガスクジラを原寸大で再現しています。昔の城趾後に建つこのクジラは、訪れる人がいなくなった現在も静かに海峡を見守り続けているのです。

くじら館03

【03】

愛嬌のある建物は意外と力作

確かに、クジラに関する展示をする建物だからクジラの形とは、建築デザインとしてはかなり単純な発想といわざるを得ません。しかし、だからといって無視できない魅力を感じることも事実です。
 
くじら館032
正確に再現しているようで微妙にデフォルメされたようにも感じる愛嬌のあるフォルム、大きく開いた口は窓で(縦桟を歯に見立てている?)、お尻が出入口など、全体に漂うユーモラスな雰囲気は憎みようがありません。しかも、技術的にはなかなかの力作です。
 
くじら館04

【04】

近代捕鯨で栄えた下関

ところで、なぜこれほどクジラに特化した施設が建てられたのかというと、下関市は近代捕鯨で栄えた街だからです。山口県内に古式捕鯨の伝統があったことが縁で、明治以降の下関市は捕鯨船団の拠点となりました。現在も南氷洋での調査捕鯨船団は下関港から出港しており、市内にはクジラ料理のお店がいくつもあります。
 
さらに、このくじら館が水産会社の寄贈で建てられたという事実も、捕鯨産業の繁栄ぶりを示しているといえます。その会社である大洋漁業が現在の水産加工企業のマルハです(正確にはマルハニチログループ)。
 
旧水族館の閉鎖後もくじら館が保存されたのは、下関市における捕鯨産業のシンボルとして市民に愛されていたからに他なりません。そのユーモラスなデザインの背後に、捕鯨に携わった人々の苦労と誇りの歴史があることを、私達は記憶にとどめておくべきでしょう。

最後に、建物の他に注目すべきものを3点紹介します。

くじら館10

ピロティにはクジラの骨格標本が残っていましたが、放置状態で頭蓋骨をはじめ大部分は欠落しています。

一人乗りの潜水艦らしきもの。具体的な用途は分かりません。

捕鯨船の船首に付いていた捕鯨砲。これでクジラに銛を打ち込んでいました。黒い部分が銛です。
建物名

くじら館(Whale Building)

設計者

未確認

所在地

山口県下関市長府外浦町(関見台公園内)

用途

水族館

竣工

1958(昭和33)年

構造・規模

構造:鉄筋コンクリート造(一部鉄骨造?)

延床面積:129m2、全長:25m

交通

車:国道9号線を下関市街地から長府方面へ、駐車場あり

バス:市立美術館前下車、徒歩5分

備考

閉鎖中。写真04に見える柵の内側は立入禁止、外観のみ見学可。

補註

  1. 現地の説明板には「鉄筋コンクリート造」と記されているが、ネットで現役時代の内部写真を見ると建物本体は鉄骨造の可能性がある。
  2. 名称の表記について、建物の出入口には「鯨館」と、説明板には「くじら館」と記載されており、どちらも間違いではない。
  3. 横浜ベイスターズの前身である大洋ホエールズは大洋漁業が設立した球団で、当初のホームグラウンドは下関市だった。ホエールズ(クジラ)という球団名は捕鯨会社に由来する。

関連サイト

  1. 収蔵庫・壱號館 > くじら館
  2. 下関市役所第一別館のページ > くじら館
  3. がくちゃんのの〜みそ > ヘンなものの記憶 2ページ目 > くじらの町 下関
  4. 日本の捕鯨 ウィキペディア

公開日:2010年10月23日、最終更新日:2010年10月23日、撮影時期:2010年3月
カメラ:Nikon D50、iPhone(Photoshopで修正)

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