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九州工業大学 記念講堂

概要

九州工業大学は福岡県北九州市にある国立の工科大学だ。明治時代に炭鉱経営者が設立した私立明治専門学校を起源とするが、戦前の建築は鉱山工学科の校舎(現・学生支援プラザ)などごくわずかで、大部分は戦後の建築である。記念講堂は清家清氏の設計で1960(昭和35)年に竣工した。清家氏は住宅を中心に活動した建築家だが、公共的な建築もいくつか設計しており、その中ではこの講堂が代表作といえる。

記念講堂は鉄筋コンクリート(RC)造による折板構造で建てられている。1950〜60年代はRC折板構造が流行した時期で、主な実例としては今治市公会堂(丹下健三、愛媛県今治市、1958・S33)、群馬音楽センター(アントニン レーモンド、群馬県高崎市、1961・S36)、市村記念体育館(坂倉準三、佐賀市、1963・S38)が挙げられる。

記念講堂においては、東立面から西立面に向かって扇を広げた形の屋根と、扇の根元にあたる東立面の部分が、折板構造になっている。大学の正門からアプローチすると、西側に8mも張り出した折板の庇を来訪者はまず目にする。西立面にガラス面がないことや、庇の下が滞留空間として設計されているわけではないことから、壁面を雨水から保護する役割はあるにせよ、この大きな庇はシンボル性の意味合いが強い。

一方、東立面は折板のギザギザが屋根から地盤面まで一気に落ちるというダイナミックなデザインである。ひとつひとつの谷の竪樋は竣工時から付いていたのだろうか。竣工写真は未見なので確証は無いが、当初は谷そのものがオープンな樋で、壁面を流れ落ちる雨水をもデザインに取り込んでいたのではなかろうか。

マーカーの位置が学生支援プラザ、その北に記念講堂と鳳龍会館

清家氏の住宅は徹底的にシンプルなデザインで知られる。その作風と比べると、このようなシンボル性や大胆さはやや意外に感じるが、薄いコンクリート板による折板構造という、資材の使用量を抑えながら大空間を構築した手法には、確かに清家氏らしさが表れている。なお、エントランスである風除室の位置とデザインは、道路を挟んで建っている事務棟(現・鳳龍会館)と対応している。こちらも清家氏の設計で同時期に竣工した。

データ

住所:福岡県北九州市戸畑区仙水町1-1
設計:清家清
竣工:1960(昭和35)年
撮影:2010(平成22)年3月
備考:Docomomo Japan No.108(事務棟とセットで)

リンク

  1. con-Quest 九州を旅するweb magazine建築家・中村拓志が巡る、九州建築の旅。ARCHITECTURE in Kyusyu 第1回 福岡編九州工業大学記念講堂/清家清
  2. 収蔵庫・壱號館九州工業大学記念講堂・事務棟
  3. Architecture Everyday!!+FujikenAE604 九州工業大学記念講堂/清家清
  4. 建築写真集NO九州工業大学記念講堂
  5. 清家清九州工業大学 ウィキペディア

作成日:2014/8/6、最終更新日:2014/8/7

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