photo00
県営 保田窪第一団地 ( 1/2 )
Hotakubo Prefectural Housing Project No.1
熊本市、山本理顕、1991 (平成3)年
photo01

【01】
photo02

【02】

意欲的な公営住宅

1980年代末期のバブル時代に、当時の細川護熙知事と建築家の磯崎新氏によって始まった「くまもとアートポリス」プロジェクトは、意欲的なデザインの公共建築が数多く生み出しました。特に、低所得層向けの福祉政策的な位置と見なされていた公営住宅で、既成概念を打ち破る建物が次々と実現します。
 
今でこそ個性的なデザインをセールスポイントにしたデザイナーズマンションは珍しくありませんが、この流れが起きるずっと以前に、いち早く多数の建築家を起用した熊本の公営住宅群は、集合住宅史において特筆すべき存在です。その中でも保田窪(ほたくぼ)第一団地は何かと話題になりました。

photo03

【03】

中庭中心の配置計画

photo23

Googleマップのキャプチャ

保田窪第一団地の最大の特徴は中庭を中心とした空間構成です。中庭の三方は住棟がコの字型に囲んでいて、残る一方(南側)には集会所が配置されています(写真02〜03)。
 
この中庭には、まず外部階段(写真08)から住戸に入って中を通り抜け、中庭側の階段(写真05〜06)を下りなければアクセスできません。つまり、中庭は完全な住民専用の空間になっているのです(一応、集会所に外部と直接通じるドアもある)。
photo09

【04】

新たな集合住宅の提案

このようなプランは、住み手の生活スタイルに建築設計が大きく作用する問題を認識した設計者が、集合住宅設計の常識を根源的に問い直した結果から導かれました。
 
従来の集合住宅計画では、「外部 → 中庭 → 住戸」のように中庭を通って住戸にアクセスすることで、住民のコミュニケーションが中庭で発生することを期待していました。しかし、山本理顕氏はそれを幻想だと否定し、保田窪第一団地では「外部 ← 住戸 → 中庭」という構成を提案しています。
 
この場合、住戸は外部と中庭の両方に直接つながっているので、外部や地域社会に関係する度合いを自分の意志でコントロールできます。極端な話、地域に関わりたくなければ中庭に出ずとも生活は可能です。とはいえ、閉鎖的な外観と開口部たっぷりの中庭側の立面を見比べれば、新しい主体的なコミュニティの成立を設計者が期待していることが読み取れます。

photo04

【05】

多義的な外観

外観の特徴としては、現代・古典・アジアの三つの雰囲気が入り交じっているところが面白いと思います。
 
まず、打放しコンクリートやコンクリートブロックといった素材や、ラーメン構造のフレームを直接見せている点は、いかにも現代建築らしいデザインです。一方、中庭を中心とするシンメトリーな住棟配置や列柱のように並ぶ塔状住棟は、どこか古典建築を思わせます。
 
そして、洗濯物などの生活感の表出にはアジア的あるいは下町的な雰囲気が漂います。コンクリートのフレームが強調された外観は、そのままでは無機質な印象しか与えませんが、洗濯物などに彩られることで実に生き生きとした表情に変化するのです。

photo05

【06】

洗濯物が映える現代建築

photo21
実際、現代建築でこれほど洗濯物が映える集合住宅も珍しい。単純にコンクリートの素材感と洗濯物との相性がいいのかとも思いましたが、では例えば安藤忠雄氏の「六甲の集合住宅」に洗濯物が似合うかといえば、それはないでしょう。
 
かつて、山本理顕氏は東大の原研究室で世界各地の集落調査に携わっていました。外観やプランニングの背景にはその経験が活かされているといえます。
photo06

【07】

戸惑いを招いた開放的な設計

photo20
仕上げ工事をせずにスケルトンで引き渡したかのような素っ気ないデザインを見て、住民も最初はさすがに戸惑ったようです。さらに、この意欲的なデザインをマスコミが批判的に取り上げ、ちょっとした騒動に発展しました。
 
特に、住戸のブリッジが半屋外といった内部が見えるかどうか微妙なデザインには、戸惑いと批判を招きました。確かに公営住宅では相当な冒険でアートポリスでなければ実現しなかったでしょう。住宅設計で半屋外空間を導入してきた山本氏の経験を踏まえての設計であり、日常生活にはおおむね支障はないと私も思います。ただし、いくら熊本とはいえ冬はそれなりに寒くなるので、そこは少々きついかも知れません。
photo08

【08】

将来の増改築を考慮した設計

photo22
階段が住棟内の凹部に位置する従来の団地にエレベーターを増築する場合、エレベーター扉は階の中間の踊り場に設置せざるを得ず、完全なバリアフリー化は困難です。しかも階段室毎にエレベーターが必要で効率が悪い(右の写真)。
 
ところが、保田窪第一団地は階段と廊下が完全に躯体外側に配置されています。これだと住棟間の廊下を連結すれば容易に片廊下型に転換できて、エレベーターは最小限の台数で済みます。実際、現在はそのように増改築されています(下記リンク先参照)。あのバブル時代に高齢化社会への対応まで考慮していた、これこそ正に建築家の仕事です。
建物名

保田窪第一団地

Hotakubo Housing No.1

設計者

山本理顕 / 山本理顕設計工場

YAMAMOTO Riken / Riken Yamamoto & FIELDSHOP

所在地

熊本市帯山1-28

用途

集合住宅

竣工

1991(平成3)年

構造・規模

構造:鉄筋コンクリート造+コンクリートブロック壁式構造

建築面積:3,562m2、延床面積:8,753m2、階数:地上5階

交通

バス:市営バス 上保田窪バス停、産交バス 保田窪入口バス停 下車

備考

くまもとアートポリス参加事業

見学・撮影の際は住民のプライバシーに十分な配慮をお願いします。

マーカー左から新渡鹿団地、帯山A団地、保田窪第一団地

補注

  1. 本稿に掲載した写真は、建築関係者向けの見学ツアーで特別に中庭に入れていただいたときに撮影したものである。基本的に部外者は許可なく中庭には立ち入りできない。

参考文献

  1. 『JA』10号 特集:くまもとアートポリス 建築の公共性、新建築社
  2. 『SD』1995年1月号 特集:山本理顕、鹿島出版会
  3. 『細胞都市』INAX ALBUM12、山本理顕 、INAX
  4. 『九州・沖縄を歩こう! 建築グルメマップ2[九州・沖縄編]』170頁、エクスナレッジ
  5. 『建築マップ九州/沖縄』208頁、TOTO出版

リンク

  1. 熊本県 > くまもとアートポリス > くまもとアートポリス参加プロジェクト一覧 > 県営保田窪第一団地
  2. mai×2 no blog > 熊本県熊本市 ~ 県営保田窪第一団地 ~ エレベーター増築後の写真あり
  3. 山本理顕 ウィキペディア

公開日:2003年12月14日、最終更新日:2011年7月9日、撮影時期:1990年代前半

inserted by FC2 system