大阪市の中心部にある“知られざる名建築”
優れた建築やユニークな建築であっても意外とその価値が知られていないケースは珍しくありません。遠方に出かけた際には知られざる名建築を見出すのも建築好きの旅の楽しみ方です。そのような建築は建て替えの頻度が低い地方都市に残っていたりしますが、建築物の数が多い大都市こそ探せばけっこうあるもので、誰もが目にしているものが実は名建築だったりします。大阪市の中心部にある船場センタービルもそんな“知っているようで知らない名建築”のひとつです。
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建築と土木の融合
船場センタービルは、幹線道路である中央大通の建設に伴い立ち退きとなった事業者の移転先として、1970(昭和45)年に大阪市中央区に建てられました。ショッピング街や飲食店街、輸入品卸専門店街、繊維卸店街、事務所等が入っている大阪では有名な商業ビルです。ここまでの説明だと普通のビルとしか思えませんが、実はビルの上を高架道路が通るという大胆な構造になっています。道路は阪神高速と中央大通の上下線合わせて12車線で、道路が載ったビルの全長は930m、まさに建築と土木が融合した巨大構造物です。
これほど大きな規模で高架道路と建築が一体化した事例は、筆者が知る限り船場センタービルと東京高速道路(東京都中央区)註1 のふたつしかありません。もう少し小規模な事例では、オフィスビルを高架道路が貫通するゲートタワービル、高架の斜路が建物を貫通する大阪シティエアターミナル、建物の上に高架が載る朝日新聞ビルが存在します。東京高速道路以外はすべて大阪市 註2 なのが興味深い。ル コルビュジエによる南米やアルジェリアの都市計画をはじめ、線状に長く延びる高層建築物の上に道路を通すという構想は何人かが考えましたが、いずれも机上のプランに終わっており 註3 、彼らの構想に比べるとスケールダウンしているとはいえ、日本でこのアイディアが実現したのは、やはり都市の過密さが理由でしょうか。
一方、屋上に駐車場がある商業施設等は基本的に単独の建築物に過ぎません。ただ、自動車工場の屋上にテストコースを設置したフィアットのリンゴット工場(イタリア トリノ)註4 は建築と土木の融合の域に達していると思います。
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高架下建築や駅ビルとの違い
道路ではなく鉄道ならば、有楽町ガード下(東京都)や国道駅(神奈川県横浜市)など高架下を建築空間に利用した事例が確かにあります。いわゆる高架下建築です。もっとも、これは基本的に残余空間の有効活用であって、最初から一体的に設計された船場センタービルとは成立過程が異なります。建築と土木の一体化/融合という意味では、大都市のターミナル駅などホーム上部に建築があるような駅ビルが挙げられますが、構造があまりに複雑で建築と土木の関係が掴みにくい。
その点、船場センタービルは外観の分かりやすさが特徴です。設計したのは日建設計と大建設計という組織事務所ですが、仮に著名な建築家がこれを設計していたら建築と道路の関係性の表現に力を注いだことでしょう。ところが、実際は焦げ茶色のタイル貼りの外壁に角がアール状の窓が並ぶという昭和時代に多い典型的なオフィスビルで、道路はビルの上に一見無造作に載っています。高度な構造・施工技術が駆使されているはずなのに外観は単純明快というギャップが面白い。ただ、今まで船場センタービルがさほど注目されなかった理由が地味なデザインのせいであることは否めません。
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ビルを道路が貫通
船場センタービルは地上レベルで複数の道路が貫通していて、見かけ上1~10号館に分かれています。ただし、基礎構造は一体なので登記では1棟の扱い。街を分断しないよう、各貫通道路は周辺の碁盤状の町割りと合わせた位置にあります。何しろ全長930mもの巨体だけに平面計画は都市計画の影響を直接受けるわけです。また、堺筋(3〜4号館)と御堂筋(9〜10号館)以外の貫通道路は、その上にもビルのフロアが架かっています(写真08〜09)。道路上に渡り廊下ではなく居室がブリッジ状に架かるのは日本では珍しい。
内部
内部の内装やエレベーター・エスカレーターなどは昭和時代のまま。なかなか味わい深いデザインです。基本的には卸店街ですが小売りをする店舗もあり、安くて良い品が揃っているので今も活気があります。
外壁改修工事
なお、タイルが劣化したため、船場センタービルは2013(平成25)年6月から外壁の改修工事に着手。ビル全体をアルミパネルで覆い、イメージを一新するとのことです。よって、ここに掲載した外観はもう見られません。少々残念ですが、これは仕方がないでしょう。
名称 | 船場センタービル Semba Center Building |
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設計 | 日建設計 + 大建設計 Nikken Sekkei Inc. + Daiken Sekkei Inc. |
所在地 | 大阪府大阪市中央区船場中央1〜4 |
用途 | 商業施設、事務所、道路等 |
竣工 | 1970(昭和45)年 |
構造 | 1〜9号館:鉄筋コンクリート造、10号館:鉄骨鉄筋コンクリート造 |
面積 | 建築面積:31,248.35m2、延床面積:170,324.94m2 |
階数 | 1・10号館:地下2階 地上2階、2号館:地下2階 地上3階 3〜9号館:地下2階 地上4階 |
交通 | 鉄道:地下鉄堺筋線・中央線 堺筋本町駅下車 |
備考 | 2013(平成25)年6月から外壁改修工事を開始。アルミパネルが貼られて外観は大きく変わる。 |
補註
- 東京高速道路は東京都の銀座地区を取り囲むように建てられた全長約2kmの長大な構造物だ。船場センタービルと同じく建築と高架道路が一体化している。上部の道路は首都高速と接続しているためにその一部と誤解されがちだが、実は首都高速とは別の民間企業が運営する一般自動車道路である。下部の建築には店舗が入っていて、道路はテナント収入で維持されている。参考:東京高速道路公式サイト、ウィキペディア
- ゲートタワービル(大阪市福島区福島5)、大阪シティエアターミナル(大阪市浪速区湊町1)、朝日新聞ビル(大阪市北区中之島3)。ゲートタワービル以外の2件は革洋同さんにご教示いただきました。
- 線状都市の系譜については『自動車と建築』(堀田典裕、河出書房新社)に詳しい。
- イタリアのトリノにあるフィアット社のリンゴット工場は、フランス人建築家ジャコモ マッテ トルッコの設計で1921年に竣工した。自動車工場の屋上にテストコースがあるという設計で、ル コルビュジエが絶賛したという。1982年に工場は閉鎖。その後、全長500mもの巨大な産業遺産は、国際見本市会場、ショッピングセンター、ホテル、劇場、美術館などが入る複合施設に再生された。その設計はレンゾ ピアノによる。
参考文献
- 『ドコノモン』倉方俊輔、日経BP社
- 『建築MAP大阪/神戸』49頁、TOTO出版
リンク
公開日:2013年7月6日、最終更新日:2013年7月15日 文章に若干追記、撮影時期:2011年11月
カメラ:Nikon D50、Canon PowerShot S90(Photoshopで修正)