【02】
誤解されがちな建築家アドルフ ロース
19世紀末から20世紀初頭のウィーンにおける重要な建築家といえば、オットー ヴァーグナーとアドルフ ロースの二人が挙げられます。ヴァーグナーが、民間集合住宅から郵便貯金局や駅舎といった公共施設まで多数の建築を手掛けたことに比べると、ロースの実作数は必ずしも多くありません。にも関わらず彼が建築史で重要視されるのは、著書『装飾と罪悪』の刺激的な文章や実作のデザインから、彼が装飾を否定した近代合理主義建築の先駆者であると捉えられているからです。
しかし、その解釈は誤解を含んでいると指摘しなければなりません。実際、彼の代表作とされる「ミヒャエル広場の建築」(以下、通称のロースハウスと記す)では、上層部の立面はシンプルである反面、エントランスの列柱は明らかに古典様式を引用しており、現代の私達の目には十分装飾的に映ります。彼は必ずしも装飾を全面否定したわけではないのです。
【03】王宮(正面)とロースハウス(右)
ロースハウスを巡る騒動
ロースハウスは下層部が店舗 註1 、上層部が集合住宅となっている建築で、ミヒャエル広場と呼ばれる王宮前広場に面して建てられました 註2 。ところが、上層部の壁面に装飾が全く無いことが施工中から市当局や世論の批判を受けます。住戸の窓に付いているフラワーボックスはいわば妥協策。ただ、最終的にはほぼロースの狙い通りのデザインで完成したといえるでしょう。
【04】
合理性と引用の肯定
立面を見ると、上層の壁面のシンプルさもさることながら、大理石の列柱を配置した下層の豪華さとの対比の方がもっと気になります。このように、下層の店舗にコストをかけて上層はローコストにとどめる割り切り方は、現代ではごく普通に見かけるデザインであり、その合理性において確かにロースは近代建築の先駆者の一人に違いありません。
一方、古典様式の引用である列柱は大理石の一本モノという贅沢ぶりで、しかもこの柱は荷重を負担しておらず、現代の感覚では装飾的に思えます。しかし、ロースが批判したのは、ウィーン分離派のように新たな様式を創作する行為や、虚飾に満ちたブルジョワ文化であって、ヨーロッパ文明の基本であるギリシャ・ローマ建築を適切に引用することは実は肯定していました。
【05】
技巧的なテクスチャー
また、継ぎ目で模様の不連続が目立つように貼ることで、仕上げ材としての表層性を強調しています。この構造と表層を明確に分ける考え方は、手法は異なりますがオットー ヴァーグナーの マジョリカハウス等にも見受けられます。
名称 | ミヒャエル広場の建築(ロースハウス) Michaelerplatz Building ( Looshaus ) |
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設計者 | アドルフ ロース Adolf Loos |
所在地 | オーストリア、ウィーン1区 |
用途 | 店舗、集合住宅 |
竣工 | 1911年 |
構造 | 鉄筋コンクリート造 |
交通 | 鉄道:地下鉄U3号線 Herrengasse駅下車 |
補註
- 竣工時は紳士服店(経営者はこの建築の施主)、現在は銀行やブティックが入っている。
- 王宮(ホーフブルク)のミヒャエル広場に面する部分は、フィッシャー フォン エルラッハの設計で18世紀に完成した。様式はバロック。王宮の主はもちろんハプスブルク家である。
参考文献
- 『建築20世紀PART1』新建築1991年1月臨時増刊 創刊65周年記念号、新建築社
- 『建築文化』2002年2月号 特集:アドルフ・ロース再読、彰国社
- 『世界の建築・街並ガイド5』15頁、エクスナレッジ
- 『装飾と罪悪』アドルフ ロース著、伊藤哲夫訳、中央公論美術出版
- 『建築のエロティシズム 世紀転換期ヴィーンにおける装飾の運命』田中純、平凡社
- 『アドルフ・ロースの言説にみる建築思想』茨木雅仁(広島大学大学院工学研究科)、日本建築学会中国支部研究報告集第20巻 平成9年3月
リンク
- 編集出版組織体アセテート > アドルフ・ロースとはだれか
- アドルフ・ロース ウィキペディア
公開日:2003年1月3日、最終更新日:2012年6月16日、撮影時期:2002年1月
カメラ:Nikon COOLPIX 775(Photoshopで修正)