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出光興産宮前給油所 1/2 )
Idemitsu Kosan Miyamae Filling Station
福岡県宗像市、村野藤吾、1971(昭和46)年
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村野藤吾氏の出光興産関係における数少ない現存建築

宗像大社

宗像大社辺津宮本殿(国重文)

建築家 村野藤吾氏 註1 はガソリンスタンドや事務所ビルなど出光興産関係の仕事を何件も手掛けていますが、『村野藤吾建築案内』(TOTO出版)によると、そのほとんどが解体されたか、または現状不明とされています。そうした中、おそらく唯一現存がはっきりしているのが福岡県宗像市にある出光興産宮前給油所です。村野氏によるガソリンスタンドは概ね都市部が多いのですが、この宮前給油所は、田畑と山林に囲まれている上、宗像大社(むなかたたいしゃ)という格式の高い神社の入口付近にあります。このような例外的な立地の背景には、出光興産創業者の出光佐三氏 註2 が宗像市の出身で、宗像大社への篤い信仰心の持ち主だったという事情が指摘できます。宗像大社の信奉者である出光佐三氏としては、神社の前のガソリンスタンド 註3 が景観を損なうものであってはならず、その設計を任せられる建築家は村野氏の他にいなかったのです。
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【04】

建築的特徴

宮前給油所は機能的には普通の小さなガソリンスタンドで、客の待合い室や車の整備スペース、事務室等が入る主屋と、給油スペースを覆う上屋で構成されています。上屋は標準的なデザインの一方、主屋は瓦葺きの切妻屋根に覆われた和風のデザインです。予備知識無しにこれを見て村野藤吾氏の設計だと読み取るのは、建築に詳しい人でもなかなか難しいでしょう。神社の前だから和風のガソリンスタンドとは一見すると安易に感じられ、評価に迷うところですが、もちろんそんな単純な建築ではありません。
 
まず、農村地帯でしかも神社の前という場所柄を考えれば瓦屋根は妥当な選択です。しかし、村野氏とて他のガソリンスタンドでは金属の質感を活かしたモダンなデザインで仕上げたように 註4、普通はこれに瓦屋根など載せないわけで、宮前給油所は和風のガソリンスタンドという難題への挑戦だといえるでしょう。この屋根は大きな切妻を基本としつつ、道路の反対側は勾配と軒の出を切り替えて外観に変化を付けています。
 
次に、壁面は柱・梁の存在が化粧材で表現されています。この真壁風のデザインは八幡図書館(福岡県北九州市、1955・昭和30年)などでも見られますが、宮前給油所の場合、グリッドパターンではなく抽象画を思わせる変則的構成が特徴です。おそらく、幅・高さの異なるふたつの1階開口部を違和感なくまとめることを主眼に決められたのでしょう。この自由な構成からは数寄屋建築のテイストを感じます。なお、白一色の壁面で処理されている裏側の低層部は(写真03・04)、村野氏が関与していない増築だろうと推測しますが、確証はありません。
 
また、建築家がガソリンスタンドを設計する場合、一般的に給油スペースの上屋のデザインこそが最大の見所で、村野氏も他ではこの部分に重点を置いた事例がありますが、宮前給油所は神社よりも目立つことを避けたかったのか、標準的な上屋で割り切っている点が、逆の意味で特徴的です。

名称

出光興産宮前給油所

Idemitsu Kosan Miyamae Filling Station

設計者

村野藤吾 / 村野・森建築事務所

MURANO Togo / Murano and Mori, Associated Architects

所在地

福岡県宗像市深田67-7

用途

給油所(ガソリンスタンド)

竣工

1971(昭和46)年

構造・規模

構造:鉄骨造

敷地面積・建築面積・延床面積:いずれも未確認

階数:地上3階

交通

バス:宗像大社前バス停下車

車:宗像大社の駐車場が利用可能


補註

  1. 村野藤吾(むらのとうご)、1891〜1984(明治24〜昭和59)年。現在の佐賀県唐津市に生まれ、幼少期は唐津で、青少年時代は福岡県八幡市(現在の北九州市八幡東区)で暮らす。小倉工業高校を卒業して八幡製鉄所に勤め、兵役を経て早稲田大学の電気学科に入学し、途中で建築学科に転科する。卒業後、大阪市の渡辺節建築事務所に就職して研鑽を積み、1929(昭和4)年に大阪で独立。以後、晩年まで活躍し、関西を中心に各地で多数の建築を手掛けた。
  2. 出光佐三(いでみつさぞう)、1885~1981(明治18〜昭和56)年。石油製品の輸入・精製・販売を手掛ける出光興産の創業者。福岡県宗像郡赤間村(現・宗像市赤間)に生まれる。神戸高等商業学校(現・神戸大学)卒業後、神戸市の商店に丁稚として就職。1911(明治44)年、福岡県門司市(現・北九州市門司区)にて機械油などを取り扱う出光商会を設立し、大企業へと発展させた。彼の生家は唐津街道の宿場のひとつ赤間宿のまちなみに今も残っている。出光佐三氏は芸術への理解も深く、建築分野では村野藤吾氏や坂倉準三氏(補註5)にガソリンスタンドなどの設計を依頼した。特に、出光興産のゲストハウスである松寿荘(東京都港区、1979・昭和54年、現存せず)は村野氏の和風建築の中でも傑作とされる。
  3. 村野氏の設計による現在の建築が完成する前から宮前給油所自体はあったようだ。
  4. 『村野藤吾建築案内』に詳しい記事が載っている出光興産のガソリンスタンドおよび事務所建築は、谷町給油所(大阪市、1960・昭和35)、九州支店(万町給油所、福岡市、1962・昭和37)、京都支店(京都市、1966・昭和41)の3件で、いずれも現存しない。3件ともシャープでメタリックなデザインとなっていて、それだけに宮前給油所の異質さが際立つ。同書の作品年譜によると、村野氏は上述の松寿荘を含めて出光興産関係を19件手掛けているが、名前を挙げたもの以外の状況はネットを検索しても分からなかった。もし現存例があれば情報をお寄せいただきたい。
  5. 坂倉建築研究所は出光興産のガソリンスタンドを実に53件も設計している(同事務所公式サイトの紹介ページ)。

参考文献

  1. 『村野藤吾建築案内』村野藤吾研究会編、TOTO出版

リンク

  1. 『北九州・福岡の近代化遺産』のつくりかた。 > 紹介したかったもの・福岡編その5~出光興産宗像給油所~
  2. SunWorship >  宮前給油所の内部写真あり
  3. うらくんのページ > Architectureのページ > 福岡の建築 > 出光興産宮前給油所
  4. 村野藤吾出光佐三宗像大社 ウィキペディア

公開日:2014年3月1日、最終更新日:2014年3月2日 補註3を追記、撮影時期:2010年1月
カメラ:Canon PowerShot S90(Photoshopで修正)

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