大隈記念館は改修工事が行われて2015(平成27)年2月にリニューアルオープンしました。本稿の説明文と写真はそれ以前のものです。予めご了承ください。

【02】
大隈重信ゆかりのふたつの建築
幕末から明治・大正時代にかけて活躍した政治家の大隈重信は、1838(天保9)年に現在の佐賀市水ヶ江で生まれました。現地には天保以前に建てられた彼の生家が保存されて、一般公開されています。その隣に大隈重信の功績を紹介する記念館が完成したのは1966(昭和41)年のこと。これが、昭和30〜40年代には珍しい表現主義建築なのです。
設計者について
大隈記念館は、早稲田大学建築学科教授の今井兼次氏が設計しました。大隈重信は早稲田大学の創設者なので、おそらくその繋がりで今井氏が設計することになったと思われます。彼の建築は、建築界の主流であるモダニズムとは一線を画する表現主義の作風 註1 で知られていますが、大隈記念館においてもその独自性がよく表れています。
今井氏がそのような作風に至ったのは、戦前にヨーロッパを周遊した際にアントニオ ガウディなどの建築に触れたことが背景にあります。ガウディを日本にいち早く紹介したのも今井氏であり、彼が設計した日本二十六聖人記念聖堂(長崎市、1962)はガウディのサグラダ ファミリア(スペイン)の影響が見て取れます。

【03】
シュタイナーの影響

第二ゲーテアヌム(ウィキペディアから引用)

【04】
大隈記念館と第二ゲーテアヌムの比較

基本的には矩形の建物のエッジを肉厚に突き出した上で、庇やパーゴラなども統一的にデザインしたものですが、“建築物”というより地面から盛り上がったかのような一体感を抱かせる点に、今井氏の卓越したセンスがうかがえます。

【05】
「建築を人間化」
内部は階段まわりが見所で、多角形やヒダのある開口部は大木の洞(うろ)を思わせます。実際、今井氏はデザインについて「大樹の躯幹、樹根のごとき躍動感を求めた」(現地のパネル、以下同じ)と述べています。また、階段室トップライトは「老候母堂の恩愛の慈光」、赤いガラスは「老候の緋のガウン」註4、構造架構体は「老候が抱負とする東西文明調和の理念」とも。
こういった建築の「人間化」や「東西文明調和」に、表現主義 ─ それもシュタイナーの第二ゲーテアヌムという大隈とは直接関係ないデザインを今井氏があえて採用した理由を求めることができそうです。




【06】
大隈重信旧邸
記念館の隣にある大隈重信の生家も紹介しておきましょう。これは天保・寛政の頃に建てられたと見られる、クド造りという佐賀県に多いタイプの民家です。1832(天保3)年に大隈重信の父親が買い取り、1839(天保9)年に重信がこの家で誕生しました。その後、母親の考えによって2階に勉強部屋が増築(現地のパネルによる)。伝統的民家と表現主義建築が並んでいるのはよく考えたら不思議な光景です。


建物名 | 大隈記念館 Okuma Memorial Museum |
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設計者 | 今井兼次 IMAI Kenji |
所在地 | 佐賀市水ヶ江2-11-11 |
用途 | 記念館 |
竣工 | 1966(昭和41)年 |
構造・規模 | 構造:鉄筋コンクリート造 建築面積:178m2、延床面積:319m2 |
交通 | バス:「県立病院東門」で下車 |
補註
- 今井兼次氏の建築がすべて表現主義というわけではない。例えば、小笠原記念館(佐賀県唐津市西寺町511、1956・昭和31年)は良質な和風モダンデザインである。
- ルドルフ シュタイナー(Rudolf Steiner、1861〜1925)。オーストリア帝国領内(現在のクロアチア)に生まれる。若い頃はゲーテの研究で実績を上げた哲学者だったが、やがて神秘的・霊的な方向に傾倒し、神智学を経てアントロポゾフィー(人智学)という独自の思想を提唱した。
- ゲーテアヌム(Goetheanum)は普遍アントロポゾフィー協会本部の名称で、スイスのバーゼル近郊にある。最初のゲーテアヌムは木造で1922年に竣工したが同年の大晦日に放火されて焼失。鉄筋コンクリート造のゲーテアヌムが1928年に竣工した。ふたつのゲーテアヌムは第一・第二と区別される。
- 『昭和モダン建築巡礼 西日本編』の中で磯達雄氏は、この赤いガラスは第二ゲーテアヌムの西正面階段室ホールにある赤ガラスの引用だろうと指摘している。
リンク
- 佐賀市大隈記念館
- 今井兼次 、ルドルフ・シュタイナー、ゲーテアヌム ウィキペディア
参考文献
- 『昭和モダン建築巡礼 西日本編』36~43頁、磯達雄 + 宮沢洋、日経BP社
公開日:2008年12月6日、最終更新日:2015年8月9日、撮影時期:2005年5月
カメラ:Panasonic LUMIX DMC-FX1(Photoshopで修正)